自分の権利を自分で管理することの大切さ 自分の土地も奪われかねないのです

日記

法律
法律を学んで、良かったのは、自分の権利を自分で管理していないことは、大きなマイナスと評価されると教えられたことです。それまでは権利は当然あるもので、奪われたときに主張すれば大丈夫と思っていたのですから、目からウロコです。



この概念が一番わかりやすいのが時効取得です。

他人の土地でも、正当に自分の所有にしてしまうことができる。これが時効取得です。もちろんいろいろな条件があります。でも人の土地を自分のものにしてしまうことを許可するかのような法律があるのです。

なぜなら、本来の所有者が、他人に土地を使われている状態を放置したほうが悪い。自分の権利を自分でちゃんと管理していないことに落ち度があると認められるからです。

土地の登記簿はこのときはなんの助けにもならないので要注意です。登記は権利を保証するものにはならないのです。売買成立した際に、すぐに自分の名義に登記を移転することは大切です。しかしそれは単なる対抗要件にしかなりません。ざっくりと言えば時効の前では無力です。

さらに登記を移転するのに、権利書証書がなくても出来るのです。紛失などのときに行う方法を使います。

このことを知ってからというもの、権利というものを考えさせられるようになりました。自分で主張しない権利は守られないということです。

あの土地は自分の土地だけど、近所の人が勝手に野菜植えたりしているわ、でもそれをいうのはなんだか言いにくいし、自分は今使っていない土地だから、まあしばらくいいか、なんて、していると、その土地の所有権はあっさり奪われてしまうのです。

それは近所の人にないする優しさではなく自分の土地の管理の怠慢だと判断されるのです。

早くて10年長くても20年で権利は移ってしまいます。意外と早いです。相手はそれを知っていて、せっせと勝手に土地を使っていたかもしれないのです。法律はその下心ありの人にも20年がんばれば勝利を認めます。

権利は自分が守るしかないのです。

年金などもそうですね。

以前は、年金をもらうも収めるも、自己責任、自己管理のようなふわっとした感じでしたが、年金記録問題以降、年金の定期便など、お知らせのお手紙はよく来るようになりました。しかし、年金以外のさまざまな社会保障はその権利を自分で請求しないと与えられない、そしてその知識さえも自分で調べなければ、誰も教えてくれないのは今も同じです。それが法律の考え方で、権利関係(財産や地位)については、道徳も人情もないのです。

さて、息子も年金を納める年齢になりました。そこで申請手続きをしたのですが、送られてきた書類に金額の記載ミスがありました。早速のミスに萎えながらも隅々まで書類をよみ、原因らしきものを把握したうえで電話で問い合わせてみました。

受付の人、担当の方に同じ説明を繰り返し、本当に不安になります。

これから息子が年金をもらうまでの、書類と領収書と記録をしっかりと保管しておこうと気を引き締めてしまいました。(それを息子に託すわけですが)

時効取得の講義の時に講師が言いました。
権利のうえに胡坐をかいている人の味方にはなってくれないです。
この言葉がいつも思い出されるのです。のんびり生きたくても、胡坐はかいていられないのです。



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